2011年11月13日日曜日

  


 画家は、会社勤めをしていました。一流の企業で働く彼は優秀な会社員でした。もう一方で、彼の作品はなかなか評判がよく、売れましたしいくつかのコンクールで受賞もしていました。彼はどんどん自信をつけていき、ますます絵を描くことが好きになっていきました。そして画家として生活していきたいという気持ちが強くなっていきました。
 ある日勤めていた会社が巨額の借金を抱え経営が傾いていることがわかり、画家はこれを機に会社に辞表を提出し、晴れて絵を描くことで生活していくことを決めました。
 しかし、その後間もなくして、世の中は不況の嵐が吹き荒れました。これが美術市場にも大きく影響し、作品がまったく売れなくなりました。残念ながら彼もその例外ではありません。そして、そこのことに関して彼はまったく無力でした。そんな中で職を探そうともせず絵を描いている彼に、妻は愛想をつかせ故郷に帰ってしまいます。
 うまくいっているときにはすべてうまくいっていたのに、一つがうまくいかなくなるとすべてがうまくいかなくなったことの理由を画家は考えましたが、自分の中には見当たらず社会のせいだと憤りました。このような状況が続いて、きらびやかで軽やかな彼の画風は、次第に変化していきました。影が強くなり、皮肉を帯び、猜疑心の強い人間を描くようになりました。彼自体も世間を嫌い、だんだん一人の世界感の中に閉じこもるようになりました。晩年は貧しさから病気を煩い、作品を公で発表することもほとんどありませんでした。
 彼が他界した翌年、妹の尽力によって大きな個展が開かれます。その展覧会の成功し評判となりました。その後、彼の作品や生き方はさまざまな作家に影響を与え、揺るぎない評価を得たのです。

 彼はこのような苦渋に満ちた人生を歩むことによって、鋭い観察眼と深い精神性を獲得できたことがわかります。
 若いころの作品はなぜ売れたかということを理解できなくはありませんが軽薄で凡庸な作品だと言われても否定できないところがあります。呪われた画家とも呼ばれていますが、その代償として今では誰しもが認めるような重要な作品を生みだすことができたのです。


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