2017年10月19日木曜日



展示や写真は見ていないから関係ないのだけれど、「千年後には、東京」っていうのがすごくいいタイトルだなと気に入った。だって僕の考えとしては、千年後には今ある人間の文明なんかはすでに滅びてる(少なくとも一度は)と思うので、東京なんかもうないと思うんだ。けれど、放射能はその時もまだあるんだ。出来事としては世界からほとんど、いや完全に忘れられたとしても。だって放射能がどういうものかも知ってるのは人間だけなんだから、福島の原発の放射能はまだ全然残っているし、原発の敷地内は高濃度放射性物質がその時もあって。それが何を意味するのかをたまに考えるんだけれど。だって放射能の影響について考えようとするのも人間だけだから。動物たちはそんなの全く気にしないで生活していくわけだ。こんなことは本当は言ってはいけないことなのかもしれないけれど、そういうことを考えると、人間の世界にとってのこの大きな悲劇が、ある種のロマンチックな感情を抱かせることは否定できない事実なのだ。それ以外にも、現代の人間が作った構造物は、千年後にはどのくらい残ってるんだろうとも思う。何かはいろいろ破片のようなものとして残るんだろう。それを宇宙人なんかが発見したとしたらどう思うんだろう、というのも誰しもが一度は興味を持つことだ。
文明が滅びた後ということ自体が、やっぱりロマンチックなわけで。僕はそれを見ることは、これから世界にとんでもないことが起こらない限りできない。けれど想像してみることは難しくもなくて、だから簡単に人間はロマンチックになってしまう。実際の未来をどれほど正確に予測できるかなんてのは問題じゃない。
そして過去の人たちもずっと僕のようなことは考えてきたわけで、その繰り返しは、僕を虚しくさせるような、ワクワクさせるような、どちらでもあるような。でもどれほど同じことの繰り返しなのか、本当は全く同じことの繰り返しなんてないんだとも言えて。人間は少しずつ終わりに近づいているというのは多分間違いなくて。
そんなことを考えてると、そういえば、そもそも僕はあまり長生きなんかしたくないじゃないか、ということを思い出す。そんなことを思うことはしばしばあるんだけれど。でも、この前友人が、いかに自分が長生きをするかの話を熱心にずっと話していたものだから、そうかそういう欲望を持つことは今も可能なんだなと、とてもうれしくなんたんだ。


2017年8月19日土曜日

夏の終わりを感じることについて

暑さのなかに秋を感じるというのは、強い日光のなかに弱まりを感じることや、熱風のなかにわずかに生まれた涼しさを感じることだ。今日は少し涼しいねとか、豪雨など前線が近づいたときの涼しい風とは明確に区別される感覚だ。
暑さのなかに涼しさを感じるのは、暑さの後であって先ではない。つまり、それは味覚でいうところの後味のような感覚だと思う。
ということを昼間に自転車に乗りながら考えた。

2017年3月8日水曜日

インタビュー

‪「感度の鈍い相手には、自らが詐欺師になる必要があります。しかし、そこで賭けられているのは、交換しにくい貨幣(偽札ですらない)を密かに流通させるためです。あるいは逆にそれを流通させないためにです。それを半透明の貨幣といったらいいかもしれません。」‬

2017年1月5日木曜日

Private Collections, 1959-1979



Private Collections, 1959-1979


Private Collections, 1959-1979
120 Black and White Negative Film #1


Private Collections, 1959-1979
120 Black and White Negative Film #2


Private Collections, 1959-1979
120 Black and White Negative Film #3


Private Collections, 1959-1979
120 Black and White Negative Film #4