2010年11月13日土曜日

 




寓話は、何処からやってきたのか不明瞭であり、付け足され、そぎ落とされ、変更されながらもその都度つねに完結した形を見せるなかに、一つの時間の厚みが含まれている。寓話に文体を意識することがいないように、圧縮は文体が問題ではない。遡行すべき超越的な主体は存在しない。入り口は塞がれているが亀裂はある。内部への侵入が一つではないこと。


危機的状況によって共同体の本質的な崩壊が露になる時、その危機意識により共同体が共有するべきイメージの再起が強く希求される。瓦解するのは想像的なもの ではなく構造的なひずみによるものだとして、再起として求められるのは想像的なもの。この時、問題を混同させることがお互いの潤滑油となる。